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青森地方裁判所 昭和44年(ワ)364号 判決 1974年10月15日

原告 中岡圭史

右訴訟代理人弁護士 寺井俊正

被告 青森県

右代表者知事 竹内俊吉

右指定代理人 清水信雄

<ほか七名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(請求の趣旨)

一  被告は原告に対し、金三〇〇万円およびこれに対する昭和四四年一一月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の趣旨に対する答弁)

主文と同旨の判決。

≪以下事実省略≫

理由

第一争いのない事実

原告が昭和四一年一一月二二日、別紙(一)記載の詐欺の被疑事実により、青森警察署刑事官警視名古屋豊三郎が青森地方裁判所裁判官に請求し、その発付を受けた逮捕状により通常逮捕されたこと、昭和四二年五月二五日、右被疑事実につき青森地方検察庁検察官において嫌疑不十分で不起訴処分としたことおよび右名古屋刑事官が昭和四一年一一月二三日、警察担当新聞記者に原告逮捕の事実を公表したことはいずれも当事者間に争いがない。

第二本件逮捕に至る経緯

一  捜査の経過

≪証拠省略≫によると次の事実を認めることができる。

(一)  青森警察署警察官櫛引信利は、昭和四一年一〇月一八日、被疑者暴力団奥州梅家一家鎌田組組長湊谷こと沢野喜一にかかる詐欺事件を捜査中、右事件の参考人である赤坂佐市から、西谷清功が沢野に欺されて抵当権の設定されている山林約二〇〇坪を買わされたという趣旨のいわゆる抵当詐欺の被害情報を入手したので、即日右西谷から事情を聴取したところ、同人から、昭和三九年一二月一六日ころ親しい友人である原告の紹介で、既に債権額三五〇万円の抵当権が設定されている事実を知らずに沢野から本件山林を代金一四〇万円で購入したこと、その際契約書の作成など売買に関する一切の件は友人でその道のベテランである原告に一任したこと、なお右抵当権設定の事実を知ったのは昭和四〇年一一月頃本件山林を担保に融資を求めようとした際である、との趣旨の供述が得られた。

(二)  そこで右櫛引信利は右の情報および供述を「詐欺事件の発生」として上司に報告するとともに捜査を続け、その後青森警察署は同年一二月五日、本件詐欺事件は暴力団員の介在する複雑な事案に該当するとして、青森警察署刑事官警視名古屋豊三郎を責任者とする特捜班を設置し、右供述の真偽、犯罪の成否、とりわけ不作為による欺罔行為および欺罔意思の有無、金銭の騙取との因果関係、原告と沢野との共犯関係等につき捜査を継続した結果、次に認められるような捜査資料を収集した。

二  捜査により収集した資料

(一)  ≪証拠省略≫によると、西谷は、昭和四一年一〇月二〇日、同年一一月一八日、司法警察員に対し概要次のような供述をなした(以下、西谷供述という。)。

1 原告とは非常に親しい友人で、兄弟同様に交際している。

2 昭和三九年七月一三日ころ、原告から将来性のある別荘地として沢野所有の青森市浅虫山の造成地の購入をすすめられ、二〇〇坪を代金一四〇万円(坪七〇〇〇円相当)で購入することにした。

3 同年七月二七日、原告の事務所で原告からはじめて沢野を紹介され、同人との間で原告同席の下に本件売買契約書を作成し、これに署名捺印して浅虫山造成地のうち本件山林の売買契約を締結したが、契約書類の作成等契約に関する一切をその道のベテランである原告を信用して同人に一任していた関係で、契約書の内容などは詳しく読まずにこれに署名捺印した。

4 右契約締結の際、原告および沢野から本件山林に既に抵当権が設定されているという説明は全くなかった。

5 代金支払は契約時から九〇日後の手形決済ということにし、沢野に対し額面四〇万円一枚、五〇万円二枚満期各同年一〇月二四日の約束手形三通を振出し交付したが、右各約束手形は原告が同人所持の約束手形用紙に西谷清功の印鑑を使用して作成した。

6 右約束手形はいずれも満期に支払がなされ、売買代金は支払を完了した。

7 本件山林の所有権移転登記ならびに引渡は右代金支払の日との約束であったが、支払後も右登記手続がなされないので原告に話したところ、昭和三九年一二月一九日本件山林につき所有権移転登記手続がなされた。

8 昭和四〇年一一月ころ、弘前相互銀行に本件山林を担保に融資を求めた際、はじめて本件山林に青湾信用金庫のために債権額三五〇万円の抵当権が設定されていた事実を知った。

9 右抵当権設定の事実を予め知っていれば、当然本件山林を買うようなことはなかった。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、弘前相互銀行新町支店営業主任木村俊雄は昭和四一年一〇月二六日司法警察員に対し、同銀行が昭和四〇年一一月一〇日ころ西谷に対し、本件山林を担保(抵当権設定)に金二〇〇万円を融資する予定で本件山林の物権負担の関係を調査したところ、本件山林には既に青湾信用金庫のために抵当権が設定されており、被担保債権額も相当多額であることが判明したので融資を取り止め、その旨西谷に話した際、同人は右抵当権設定の事実を全く知らないようでびっくりしており、原告に書類を作成してもらい原告を信用していたので抵当権設定の事実に今まで気が付かなかったという趣旨の話をしていた旨の供述をなした。

(三)  ≪証拠省略≫によれば、青湾信用金庫本店融資課長小川安栄は昭和四一年一〇月二六日、また、同金庫浪打支店支店長代理久慈欣一は同年一一月一七日、それぞれ司法警察員に対し、青湾信用金庫が昭和三九年七月七日沢野に対し金三五〇万円融資し、その担保として本件造成地に抵当権を設定したこと、右抵当権設定登記手続は原告に委任し同年七月一一日付でなされたことを供述した。

(四)  ≪証拠省略≫によれば、赤坂佐市は昭和四一年一一月一一日司法警察員に対し、昭和四一年九月ころ、西谷が沢野から買った土地に抵当権が設定されていた事実を知らなかったと言っていたという趣旨の供述をなした。

(五)  ≪証拠省略≫によれば、青森銀行浦町支店支店長代理増田長は昭和四一年一一月一七日、また青森信用金庫融資課長柴田末吉は同月二一日、それぞれ司法警察員に対して前記「西谷供述」中6に沿う供述をなした。

(六)  ≪証拠省略≫によれば、特捜班において、昭和四一年一〇月二七日ころ本件山林関係の登記簿を調べたところ、本件山林は、もと青森市大字浅虫字山下一六〇番地六(本件造成地、登記簿上の面積は七反六畝二九歩。昭和三九年七月七日付売買を原因に、同月一一日付で沢野喜一へ所有権移転登記手続がなされている。)の一部で、右造成地は同年一一月一九日付で同所一六〇番六、同所一六〇番一一ないし同番一八に分筆登記手続がなされ、そのうち一六〇番一五および同番一七の二筆(本件山林)が同年一二月一六日売買を原因として同月一八日付で西谷に対し所有権移転登記手続がなされていること、本件売買契約書に目的物件として表示されていた右同所二〇三番六の土地は、右契約当時(昭和三九年七月二七日)登記簿上宗教法人陸奥護国寺の所有に属し(同寺の礼拝の用に供する敷地。三畝一七歩五二。)、同地上には庫裏が存在していたことが判明した。

(七)  ≪証拠省略≫によれば、本件売買契約書には売買の目的物として「青森市大字浅虫字山下二〇三番六山林七反六畝弐拾九歩の内山林六畝弐拾歩」と記載されており、他方現実に西谷に対し所有権移転登記がなされたのは本件山林であること、また、右契約書記載の前記二〇三番六の土地の地積は、前記一六〇番六(本件造成地)の登記簿上の地積と同面積であることが判明した。

(八)  ≪証拠省略≫によれば、沢野の事務員(同人の第一の子分で帳場役)村田正之は、昭和四一年一一月一八日司法警察員に対し、原告は沢野の顧問的存在であり、同人の登記関係の手続は一切原告が行っており、沢野は昭和三九年七月頃浅虫の山林関係の書類一切を原告に預けていた旨の供述をなした。

(九)  ≪証拠省略≫によれば、特捜班において沢野の本件抵当権設定登記を抹消する資力の有無を捜査したところ、同人は本件売買契約当時優に金二〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円以上の債務を負っており、本件抵当権の被担保債務を弁済する能力を客観的に欠いていたことが判明した。

(十)  ≪証拠省略≫によると、本件売買契約当時原告は沢野に対し、二〇〇ないし三〇〇万円の債権を有していた。

(十一)  ≪証拠省略≫によると、特捜班が同年一一月四日西谷から任意提出を受け領置した本件売買契約書には、売買の目的不動産の表示として、「青森市大字浅虫字山下二〇三番六の山林のうち六畝二〇歩」との記載があり、第七項には、「売主は本件山林引渡時までに抵当権その他買主の不利益となる一切の義務を排除する」旨の規定がある。

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三  捜査資料により特捜班の得た結論および≪証拠省略≫によると、次の事実が認められる。

(一)  特捜班は前記捜査資料に基づき検討を加えた結果、次のような結論に達した。

1 売買の目的物

本件売買契約の目的物は売買の経緯から、前記売買契約書記載の山林ではなく、所有権移転登記手続のなされた別紙目録(二)記載の本件山林である。

2 抵当権設定の事実の告知義務および告知の有無

本件売買契約の成立について原告の果した積極的な役割から原告には抵当権設定事実の告知義務がある。

本件山林の買主西谷が自ら署名捺印している本件契約書第七項には、本件山林に契約前に抵当権が設定されていることを前提とするような規定があるので、原告或いは沢野において告知義務を履行したことになるか、または西谷において右条項の存在を了知したうえで売買契約を締結したのではないかとの疑問があったが、右のような特約条項については直接読み聞かせるなどしてその趣旨を口頭で告知しなければ告知したことにならず、契約に際し右事実が口頭で告知されなかったことについては西谷の供述が一貫しており、同人と原告との交際状況から考えて同人の供述は信憑性があるから、口頭での告知はなされなかったと考えるべきで、結局、原告および沢野は告知義務を履行していない。

3 動機

原告は沢野に対し多額の債権を有していることから、同人と共謀して本件犯行を犯し、債権の回収を図ったと推認しうる。

4 欺罔意思

原告は沢野の顧問的存在であり、金員に窮していた沢野のために本件山林に抵当権設定登記手続をなした直後に本件山林を西谷へ積極的に売り込んだこと、売買の経緯は前記「西谷供述」の如きであること、当時沢野に本件抵当権を抹消する資力がないことを原告は知っていたこと等がそれぞれ認められるから、原告には欺罔意思があったとみるのが相当である。

(二)  特捜班は、以上の結論を総合して、原告には本件被疑事実につき、「罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」があり、更に原告と沢野および西谷との関係から通謀等による罪証湮滅および逃亡のおそれが認められるから逮捕の必要性もあるとして、昭和四一年一一月二二日青森地方裁判所裁判官に対し本件逮捕状の請求をなし、同日その発付を受けて即日原告を逮捕した。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

第三逮捕の違法性および捜査機関の故意・過失

原告は、本件逮捕状請求および逮捕が特捜班の故意もしくは過失に基づく違法なものである旨主張するので、以下この点につき判断する。

一  故意

(一)  原告は、特捜班が原告に対する私怨から、原告をして文化建設の代表取締役の地位を辞職させ、田尻喜一郎を右地位に就かせる目的で本件被疑事実をねつ造した旨主張するが、本件全証拠によるも右事実を認めるに足る証拠はない。

(二)  また、原告は、特捜班は西谷が本件山林に抵当権が設定されている事実を知りつつ買い受けた旨供述したにも拘らず、同人に虚偽の供述を強要して本件被疑事実をねつ造した旨主張し、≪証拠省略≫中にはこれに沿う部分もあるが、右は≪証拠省略≫に照らし容易に措信できず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

他に本件全証拠によるも、特捜班において故意に本件被疑事実をねつ造し、権力を濫用して原告を逮捕した事実を認めることはできず、この点に関する原告の主張は理由がない。

二  過失

通常逮捕が適法であるためには、逮捕の理由としての「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」および逮捕の必要性の存在が要求される。そこで本件逮捕状の請求および逮捕につき右の二要件が充足されていたか否か、あるいはこれが充足されているとの特捜班の判断に過失があったか否かを検討する。

(一)  逮捕の理由

刑事訴訟法一九九条所定の「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」とは、逮捕状請求時および逮捕当時収集し得た資料に基づき犯罪の嫌疑を肯定する客観的合理的根拠の存することをいうところ、その嫌疑の程度は有罪判決の事実認定に要求されるような高度の証明が必要でないことは勿論、公訴提起の際の嫌疑より低いもので足りると解すべきである。そこで、本件において、特捜班が本件逮捕状請求時および逮捕当時収集しえた前記認定の資料によると、原告に右の如き逮捕の理由があると認められるか否かにつき検討を加える。

1 被害の事実

前記第二の二の(一)の2ないし9および同(二)ないし(七)(捜査資料)によると、本件売買契約書記載の目的物件の表示は誤記であって、本件売買契約の目的物件は本件山林であり、結局、西谷は、抵当権の設定された本件山林を、担保物権等の負担のない物件と信じて買受け、額面合計一四〇万円の約束手形三通を騙取されたものと一応認めることができる。

なお、≪証拠省略≫によれば、西谷は本件売買契約によって、本件造成地のうち約二〇〇坪を買い受けた旨ないしは売買の目的物を現地では確認していない旨の供述をなした事実もあること或いは本件売買契約書に具体的な場所の明示がないので、詐欺罪の対象となる売買の目的物の特定を欠いているのではないかとの疑問も生ずるが、目的物件が本件造成地の一部であることは契約当初から定まっており、沢野は本件造成地の一部に抵当権を設定したのではなく、その全部に抵当権を設定したうえ西谷と売買契約を締結し、その後本件造成地のうち本件山林につき所有権移転登記手続を了したというのであるから、右の点も前記認定を左右するものではない。

2 欺罔行為

(1) 告知義務

次に本件被疑事実における欺罔行為の態様が、「事実の秘匿」という不作為による欺罔にあるので、不動産取引において抵当権設定の事実を秘匿することが詐欺罪における欺罔に該当するか否かについて検討する。

詐欺罪の要件である欺罔は、処分行為をなすべき意思を形成させる上で重要な事項について、相手方に錯誤を生ぜしめるに足るものでなければならないところ、不動産取引においては、買主は、通常、目的不動産について負担のない所有権を有効に取得することを目的として取引するのであるから、目的不動産に抵当権が設定されているか否かは、取引上基本的に重要な事項であるというべきである。従って、目的不動産に抵当権が設定されているのに、これがないものとして買主を誤信させて取引に応ぜしめ代金等の交付を受けたときは、取引上重要な事項について錯誤を生ぜしめたものとして、欺罔行為に該当し、詐欺罪が成立するものと解すべきである。

ところで、売主が目的不動産の上に抵当権等の物権負担のある事実を買主に告知しなかった場合、右不告知は欺罔に該当するか、換言すると、売主に物権負担につき告知義務を認めるべきか否かについて、原告は、既登記の抵当権は買主において登記簿の閲覧等により容易にその設定を知ることが可能であるから、単にその事実を秘匿するのみでは欺罔に当らないと主張する。

しかし、前記のとおり、目的不動産の上に物権の負担があるか否かは買主の意思決定に重大な影響を与える取引上の基本的重要事項であるから、取引における信義誠実の原則に鑑み、抵当権の告知の有無にかかわりなく買主の意思決定がなされたことを認め得べき特段の事情のある場合は格別、そうでない限り、売主は勿論、場合によっては仲介人も買主に対し目的不動産上の権利負担につき告知義務があるものと解すべきであり、(宅地建物取引業法三五条参照)、その不告知は欺罔行為に該当するものと解するのが相当である。

本件山林の売買において、代金額が抵当権の被担保債権額を控除して決定されたことなど抵当権設定の事実の告知の有無に拘らず買主の意思決定がなされたものと認め得べき特段の事情は認められないから、売主たる沢野において抵当権設定の事実の告知義務があるというべきである。

そこで進んで原告に同様の告知義務が認められるか否かについて検討する。

前記認定の捜査資料によると、原告は、互いに面識のない沢野と西谷とを引き合わせ、西谷に本件山林の購入を勧めてこれを買受けさせたこと、右売買契約は原告の事務所で締結され、原告が本件売買契約書を作成したものであること、これより二〇日位前、原告は本件山林を含む本件造成地に設定された抵当権の登記手続を行っており、契約当時、右抵当権の存在は勿論、沢野が多額の負債を負担していて右抵当権設定登記を抹消する資力のないことを知っていたこと、及び、従来、沢野から同人の不動産関係の登記手続一切を委ねられていたことなどが認められる。右の如き原告の職業、原告と沢野との関係、本件売買契約締結に果した原告の役割を考えると、原告は、本件売買の仲介者または売主沢野の代理人として、買主西谷に対し、本件山林に既に抵当権が設定されている事実を告知する義務があったものというべきである。

(2) 告知の有無

(イ) ≪証拠省略≫によれば、西谷は、司法警察員に対し一貫して、本件売買契約に際し原告および沢野から本件抵当権設定の事実を告知されたことはなく、また、右抵当権の存在を知らずに契約を締結した旨供述している事実を認めることができるが、「西谷供述」に現われた西谷と原告の交際状況から西谷が故意に虚偽の供述をなす状況にあったとは認め難いこと、のみならず、前記のとおり、木村俊雄および赤坂佐市は司法警察員に対し、それぞれ右西谷の供述を裏付けるに足る供述をなしていること、また、原告は昭和四〇年一一月ころ弘前相互銀行に対し本件山林を担保に融資を申し込んだ事実が認められるが、売買価額を上廻る債権額の抵当権が設定されていることを知りつつ当該物件を担保に融資を申し込むことは通常あり得ないこと等を考慮すれば、原告および沢野が西谷に対し本件抵当権設定の事実を口頭で告知した事実を認めることはできない。この点についての原告本人尋問の結果はたやすく信用することができない。

(ロ) ≪証拠省略≫によれば、本件売買契約書第七項には「甲(注、売主)は第四項の引渡時(注、売買代金完済のとき)までに抵当権その他乙(注買主)の不利益となる一切の義務を排除する」旨の本件山林に抵当権が設定されていることを前提とするかのような規定があること、右契約書は原告が作成したこと、右契約書は表題部の次に七項目の契約条項、次いで沢野喜一の記名捺印、および西谷清功の署名捺印、末尾に売買目的物の表示の各記載がなされていること、西谷の右署名捺印は同人が自ら署名捺印したものであることをそれぞれ認めることができる。

右事実によれば、原告が右契約書を作成し、これを西谷へ交付し、同人が署名捺印をしたことにより同人に対し抵当権設定の事実を告知したことになるのではなかろうかとの疑問が生ずる。売買契約書の如き文書を作成する目的や文書の性質などを考えると、契約書に契約当事者が署名捺印をしたときは、契約当事者は当該文書に記載された約定を了知しているものと推定して差支えないと考える。

しかし、本件の場合、前記(1)(告知義務)でみたとおりの本件売買契約成立の経緯、原告と売主との関係および目的不動産に物件の負担があるか否かは不動産取引上基本的な重要事項であることを考えると、前記の、単なる「抵当権その他買主の不利益となる一切の義務を排除する」との文言の記載をもって本件抵当権設定の事実までを買主が了知したものと推定することはいささか困難である。従って、売買契約書に右の規定があるというだけでは買主西谷に本件抵当権設定の事実を告知したことにならないとの特捜班の判断は首肯し得るところである。

3 因果関係

西谷が本件山林に抵当権が設定されていることを知っていれば、同人が本件山林を買受けなかったであろうことは「西谷供述」に認められるところであり、本件山林の価値が被担保債権額を控除してもなお十分売買価額以上の価値を有する等の事情の認められない本件においては右は当然のことであって、原告の告知義務違反と西谷の本件売買契約締結には因果関係があると認められる。

4 共犯

前記本件売買契約締結に際して原告の果した役割、原告と沢野との関係、とりわけ原告は沢野に対し相当額の債権を有する一方沢野が多額の債務を負担し無資力であることを知っていたことなどの客観的事実を総合すると、原告は沢野と意思を相通じて本件被疑事実を犯したものと推認した特捜班の判断もまた首肯し得るところである。

右1ないし4を総合して考察すれば、特捜班において、前記第二の三記載の如く原告に本件被疑事実につき「罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」があると判断するのは客観的に合理性があり、右判断につき特捜班に過失があるものとは認められない。

(二)  逮捕の必要性

≪証拠省略≫によれば、特捜班は昭和四一年一一月六日、沢野を本件詐欺事件と関連する詐欺事件で逮捕したが、青森市内には同人の子分が多数いた事実が認められ、右事実と原告と西谷および原告と沢野との関係を考慮すれば、共犯者間および被害者との間で通謀等の方法により証拠湮滅のおそれあることを認めることができるから、逮捕の必要性もこれを認めることができる。

以上の認定によれば、昭和四一年一一月二二日特捜班において本件被疑事実につき逮捕状の請求をなし、同日その発付を受けて即日原告を逮捕した点につき特捜班に過失はなく、他に本件全証拠によるも、特捜班において本件逮捕状請求および逮捕につき過失が存したことを認めることはできない。

第四逮捕事実の公表について

前記認定のごとく、名古屋刑事官が昭和四一年一一月二三日警察担当新聞記者に対し原告の逮捕事実につき公表したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、名古屋刑事官は原告の逮捕後一、二の新聞記者から右逮捕事実の公表を求められたので、暴力団の介在する資金獲得のための詐欺事件の発生した事実を公表して一般市民の注意を喚起するとともに、他に被害があればその申告を求め、また、新聞記者の一方的発表により捜査への悪影響や被疑者である原告に迷惑のかかることを慮って公表したこと、右公表については、青森県警察の内規(捜査指揮規定一条)に基づき、予め青森警察署長に報告し、青森県警察本部の主管課長の了解を得たうえ、同刑事官室において、東奥日報社を含む五ないし六の新聞社の警察担当新聞記者団に対し、逮捕状請求書の写により請求書記載の「被疑事実の要旨」に基づき原告逮捕の事実関係のみを公表した事実を認めることができ、その際、同刑事官において原告に関し、「悪徳司法士……」若しくは「暴力団と組んで詐欺」等の発言をなした事実、或いは、原告の社会的地位、信用を失墜させ、原告をして文化建設の代表取締役の地位を失わせ、田尻喜一郎を右代表取締役の地位に就かせる意図を持って公表した事実を認めるに足る証拠はない。

本件詐欺事件のように公益性の強い事案につき、逮捕の事実を公表することは、その目的、方法が相当であるならば許容されると解すべきところ、右認定事実によれば名古屋刑事官の本件公表はその目的、方法に照らし相当であり、何ら違法な点はないから、原告の主張は理由がない。

第五結論

以上説示したとおり、原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蘒原孟 裁判官 鷺岡康雄 石田敏明)

<以下省略>

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